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千葉地方裁判所 昭和63年(ワ)1613号 判決

原告 藤岡安博

右訴訟代理人弁護士 倉渕満

被告 株式会社明倫館

右代表者代表取締役 尼野照雄

右訴訟代理人弁護士 土屋英夫

主文

一  被告は、原告に対し、金九〇万円及びこれに対する昭和六三年一一月二七日から支払すみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一、第三項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金三六〇万円及びこれに対する昭和六三年一一月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の求めた裁判

一  請求原因

1  被告は、受験予備校の経営を主たる業務とする会社であり(昭和六二年一月二三日に株式会社千葉進学塾から社名変更)、原告は、昭和五二年一一月被告に入社したものである。

2  原告は、昭和六三年三月当時被告の従業員たる身分を有していたものであるが、同年三月二三日、被告を円満な手続により、完全に所管の業務引継ぎを完了したうえで退職した。

3  ところで、原告の右退職時の本給は月額金七二万円であり、被告の退職金規定によれば、一〇年間勤続した従業員に対しては本給の五か月分の退職金を支給することになっており、被告は、原告に対し、金三六〇万円(72万円×5=360万円)の退職金を支払うべき義務がある。

よって、原告は被告に対し、退職金三六〇万円及びこれに対する支払請求後である昭和六三年一一月二七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、原告が昭和六三年三月二三日被告を退職したことは認めるが、その余の事実は否認する。

なお、原告は昭和六〇年四月一七日に被告の取締役に就任し、同時に従業員資格を喪失したものであるから、被告には支払義務がない。

3  同3の事実のうち、被告の退職金規定が原告主張のとおりであることは認めるが、その余の事実は否認する。

なお、原告の主張する被告の毎月の支払額金七二万円は取締役としての役員報酬であって、従業員としての給与ではない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実(原告が被告に入社した日時等)は当事者間に争いがない。

二  次に、請求原因2の事実(原告が被告の従業員の身分で退職した)の存否について判断する。

1  請求原因2の事実のうち、原告が被告を昭和六三年三月二三日に退職したことは当事者間に争いがない。問題は原告の被告退職時の身分である。この点につき、原告は、退職時の身分は従業員であったと主張し、被告は、取締役であり従業員の身分は喪失していたと主張するので、以下この点について判断する。

《証拠省略》によれば、原告は、昭和六〇年四月一七日に取締役に就任したことが認められる。そして、《証拠省略》によれば、(一) 被告は、予備校と塾を二本柱とする会社であるところ、稲毛、勝田台、二和向台、新検見川に教室を設け事業展開をしていたこと、(二) 原告は、取締役就任前は稲毛教室の教室長兼教務部長として、講師(英語の授業)、広告企画、教材の仕入、社員採用等の人事関係の仕事に従事していたが、取締役就任後は、教室長の地位を退き、新たに本部長に就任し、被告のいわゆるナンバーツーとして、前記二本の柱のうちの一つである塾関係の仕事を取り仕切るようになったこと、(三) 取締役就任後は、徐々に授業の担当は少なくなり、昭和六三年からは授業を担当しなくなったこと、(四) 被告では、役員会と称する会合で主たる業務内容の意思決定等を行っていたが、原告は被告代表者とともにこれに参加していたこと、(五) 原告は取締役就任前は一か月金三六万五〇〇〇円の給与を受けていたが、取締役就任後は一か月金六〇万円の支給を受けるようになったことがそれぞれ認められる。

以上の認定事実によれば、原告が就任した取締役という地位は、まったくの形式的なものにすぎないというのは相当ではなく、取締役本来の任務も果たしていたと認定するのが相当である。

しかし、他方で、《証拠省略》によれば、(一) 被告は会社組織となっているが実質は被告代表者の個人企業と変わりがない企業であり、原告は被告の株式を所有しない平取締役にすぎなかったこと、(二) 取締役就任後も、就任前と同様授業、広告企画等の仕事を担当していたこと、(三) 原告は取締役就任後も従業員として雇用保険に加入していたし、また、被告は、原告が退職する直前である昭和六三年二月まで原告について退職金の支給を前提にした中小企業退職金共済事業団の積み立てをしていたこと、(四) 原告が取締役に就任してからも原告の源泉徴収票には給料、賞与との記載がなされており、取締役就任後に僅かではあるが原告に賞与が支給されていることが認められる。

以上の認定事実によれば、原告は取締役に就任したものの、依然として従業員の身分を有していたものと認定するのが相当である。

以上を総合検討すると、原告の退職時の身分は、いわゆる従業員兼任取締役だと認定するのが相当である。そうだとすると、原告は、従業員の部分については、被告に対し、退職金の請求が可能ということになる。

2  次に、原告が被告会社を円満な手続により、完全に所管の業務引継ぎを完了したうえで退職したかどうか(請求原因2、被告の退職金規定第二条)という点について検討する。

《証拠省略》によれば、次の事実が認められ、これを覆すに足る証拠はない。

原告は、昭和六一年一〇月、交通事故に遭い、三七日間入院するという大怪我をした。原告は、退院後も後遺症に悩まされ、通院を余儀なくされた。このような健康上の問題があったため、原告は、昭和六二年九月、同六三年二月の二度にわたって、退職を申し出たが、二度とも被告代表者に慰留された。原告は、昭和六三年三月二二日、被告代表者に対し、事務の引継ぎの関係もあるので、一か月後の同年四月二二日に退職したいと申し入れた。これに対し、被告代表者は、翌日付けで退職してもよいといったので、原告は、三月二三日付けで被告を退職した。ところで、前記のとおり原告の健康がすぐれなかったため、被告では、昭和六二年一〇月ころから、原告の仕事を他の職員が手分けして行っていた。このため、被告では、原告が退職申し出後一日でやめたからといって、その引継ぎに支障はなかった。

以上の認定事実によれば、原告は、被告会社を円満な手続により、完全に所管の業務の引継ぎを完了したうえで退職した(原告が退職申し出の翌日に退職しても引継ぎに支障がなかったのは前記のとおりであり、被告代表者が原告の申し出どおり一か月の余裕をみて退職させれば完全に引継ぎができたと推認できるのであり、被告がこれを断わった以上、引継ぎを完全に完了したと評価するのが相当である。)と認めるのが相当である。

以上1、2によれば、原告は、被告の退職金規定第二条の要件をみたしたうえで退職したと認められ、被告に対し、従業員としての働きに対する給与(本給分)部分については、退職金の支払を請求することができるというべきである。

三  最後に原告の退職金としてはいくらが相当であるか(請求原因3)という点について判断する。

1  《証拠省略》によれば、被告の退職金規定第三条は、「退職金は、退職時の本人の本給」を基準として支給することを定めていることが認められ、また、《証拠省略》によれば、被告の給与規定第四条は、「賃金を基本給、職能給、手当の三種類に分け、基本給を本給と呼ぶ」と定めていることが認められる。そうだとすると、原告の退職金を認定するに当たっては、原告の退職時点の従業員部分の基本給がいくらかということが問題となる。

2  以下、検討を進める。

前記二1の原告が取締役に就任する前と後との仕事の内容、被告から受領の金額の変化等を考慮すると、原告が被告から受領している毎月の金員のうち、取締役就任以前に取得していた毎月の給与額をもって、原告の従業員としての働きに対する給与、その余を取締役としての働きに対する報酬と考えるのが相当であり、この判断を左右するに足る証拠はない。そうだとすると、《証拠省略》から原告の退職時の毎月の受領金額は七二万円であるところ、そのうち金三六万五〇〇〇円が従業員としての働きに見合う給与分ということになる。そして、《証拠省略》によれば、右三六万五〇〇〇円のうち一八万円が基本給であると認められる。

以上の検討によれば、原告の退職時点の従業員部分の基本給(本給)は月額一八万円が相当であるということになる。

3  また、前記一、二によれば、原告は被告会社に一〇年余在職して自己都合により退職したのであり、《証拠省略》の退職金規定第三条、第五条及び原告の被告会社での前記のとおりの仕事ぶり等に照らすと、原告の退職金は金九〇万円(18万円×5=90万円)をもって相当と考える。

四  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、金九〇万円及びこれに対する支払請求後(本訴状送達の日の翌日)である昭和六三年一一月二七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 難波孝一)

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